毎日が何かの日

Always Something

今日もまた記念日がひとつ

今日は花火を一緒に見に行くことにした。
彼女は朝から仕事だったのだけど、午前中で切り上げてお昼は一緒に食べた。
新バーガーがあるとのことで駅前のマクドナルドへ。
黒辛とうたっているブラックペッパーを口に運びながら、花火を楽しそうに語る彼女にうなずいていた。
 
「じゃあ4時に駅でね」と彼女は家に帰っていった。
浴衣を着てくるらしい。
どうやら一年に一度は浴衣は着たくなるものらしい。
花火大会は浴衣を着る絶好の機会であり、このために仕事を午前で抜けてきたとのこと。
ふと、花火を見るために浴衣を着るのか、それとも浴衣を着るために花火を見るのか、
と問いかけたくなったが黙って見送った。
 
さて3時間ほど時間が空いた。
しばらく読みかけの本に目を落としていたが、どうにも気分が落ち着かないので街をふらふら歩きながら時間を待つことにした。
 
僕と彼女は付き合い始めてからもうすぐ1年が経つ。
ここの日記は随分と日が開いてしまったけど、この一年は随分と長い年月を一緒に過ごしたような気分だ。
 
「もう一年?」というより「まだたったの一年なのか」という感想。
すでにかなり昔から一緒にいたような感覚を持つ。
今までの人生での時間で考えると、彼女との時間はとても短い。
今後はこれを積み重ねて、割合を積み重ね、感覚と現実の剥離は薄まっていくのだろう。
 
ふと入ったデパートの洋服売り場では鮮やかな浴衣がディスプレイされていた。
彼女の浴衣はどんなのだろう。
色は黒と言っていたな。
そういえば髪飾りが無いともいっていたな。
棚の中には髪を飾る色とりどりの花が並んでいる。
暗い色の服にも合いそうなピンクの花がついたピンをひとつ買った。
 
 
4時をちょっと過ぎた頃、彼女と落ち合った。
「おまたせー」
ちょっと不安げな微笑をたたえている
浴衣では黒地に蝶が舞っている。
帯はピンク。
 
「紫の色がかわいいね。ちょっと妖艶ですてきだよ。」
そう臆面も無く褒めたら、そんな言葉はいりませんとばかりに口を尖らせてそっぽを向いた。
照れているらしい。
ひとりニヤニヤしながらそっと手をとって河原へと歩き出した。
 
河原にはいくつかの出店とたくさんの場所取りのための敷物で埋まっていた。
「どこらへんで見ようか」
「やきそば食べたい」
「あの浴衣もかわいい」
「暑いねー」
そんな雑談をしながら川下へと歩いていった。
2人分のスペースはまだまだ至る所に空いていたので、より良さそうな場所を求めていた。
結局、歩くのに疲れた頃に川縁にシートを置いた。
 
花火が始まるまではまだ大分時間があったので、屋台を巡ったりゲームをしたりしていた。
気付いたらポンポンとテスト用の花火が上がり始めた。
辺りはいつの間にか薄暗い。
あと20分ほどで時間だ。
 
ふと髪飾りを買ったことを思い出したので、彼女に渡した。
「もうちょっと早く渡してよ」
と、不意なプレゼントに戸惑いながらも喜んでくれた。
ピンクが帯と髪とで彩っていてかわいらしい。
買ってよかった。
 
 
 
花火はすばらしい。
身体に響く音は心地よく、視界に広がる光の粒は脳に焼きつく。
間近で見上げていたので、大輪の巨大さに圧倒されていた。
次々と黒い空に溶け込んでいく炎の花は、感覚を惑わしていく。
夢心地の一刻だった。
 
 
終わった後、夕食がてら居酒屋へ出向いた。
屋台ではあまり食べ歩かなかったので、のども渇いていたし、お腹もすいていた。
それにもうちょっと一緒にいたかった。
 
「かんぱーい」と並んだグラスを軽く合わせて、冷えたビールをノドに流し込んだ。気持ちがいい。
「この一杯が美味い」と呟いたら「オヤジだね」と笑われた。
  
僕と彼女は5歳差だ。
でも年の差はあまり感じない。
今、良い関係を築けていると思っている。
まだまだ一緒にいるだろうし、ずっと一緒にいたいと思っている。
 
まあ、これからのことは今までと同じというわけではないし、変化は常にしていくものだと思っている。
でも傍らに彼女がいて僕がいるという風景を土台にして生きていくのは悪くない。
  
「でだ。私たちが結婚するとしてだよ……」と彼女が将来のことについて話している。
時々、二人で結婚について話すときがある。
そいういう年頃なのだろう。
彼女は僕を結婚相手に考えてくれているだろうし、僕もその気だ。
ただ、まだ現実には考えてはいないようだ。
「そのうち、ね」
なんてお互いににこやかに見つめ合って、不確定な未来を楽しんでいる。
 
「そうだな、結婚しよう」と僕は囁いた。 
「んー、その言葉を聞くのは人生で一回にしたいな」と彼女。
「だからこれがその一回」
「は?本気なの?」
「そうだよ。じゃあもう一度きちんと言うよ。私と結婚してください。」
僕はそう言ってカバンから包装紙に包まれた小箱を取り出した。
「えー?」とすっとんきょうな声で戸惑っている。
プロポーズされたという現実に実感が伴わないらしい。
僕も同じ。
 
「とても嬉しいですが、ひとつ条件があります。」
彼女は戸惑いながらも、落ち着いた素振りでそういった。
 
「私より先に死なないでくれますか。残され一人で生きるのは寂しいです」
 
帰りは彼女の家まで手を繋いで帰った。
度々彼女は思い出したように「えー!?」と声をあげていた。
 
プロポーズされたという現実に実感が伴わないらしい。
僕も同じ。
 
まあそれもこれから徐々に感じて行けばいいんじゃないかな。
一緒に。